オール・フィクション0131 |
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電話してたら「どしたん? 声に元気ない」って言われた。
確かに元気はないのだけど、心配されたくないから元気のない感じのないようにしていたし、かといって、意識して元気だしたりはしていないつもりだったのだけれど、分かられるものなのかな。
母親の病気が再発した。
4年前の高校卒業のタイミングにこの病気が判明したのと同じように、大学を卒業する今年に再発が判明した。
それなりの、因果感じちゃうよ、やっぱり。
もうほんとに、ほんとのほんとに、死んじゃうんだな。
いなくなるんだ、ほんとのほんとに。
前の時は、治る希望があった。
でも今回はもう、治んない。
ゆっくり死ぬ、少しながらえることはあっても、それほど多くの時間が、豊かな人生が残されているわけじゃない。
ぼくは卒業して働く。上京する。
実家から離れる。
ぼくはこんなことを思い描いていた。
母親が突然上京してきて、ご飯の作り置きをしてくれることだとか、長々と仕事のこと愚痴って最後に「辞めちゃダメよ」って釘さされたりとか。
この娘と結婚しようと思うんだ、って彼女を紹介したり、彼女と母親が仲良くやってくれたらいいな。
孫の名前、考えてもらったり、抱っこしたり、勉強教えるって張り切ってたし。
なんて、ね。
ああ、この段落書いてたら、知らぬ間に泣いてて、今画面見えませんよ。
これから先のぼくの人生に母親は、きっといない。
今日からモルヒネを服用し始めた。
父親と病院から帰ってきて、母親は「麻薬かあ」ってつぶやいた。
ぼくは薬剤名をiPhoneで調べた。
モルヒネだった。
もちろん、モルヒネと聞いて、ネガティブなイメージを持つのは違うんだろう。
医療なのだから、用法用量を守って、鎮痛剤として適切に使えばいいのだろう。
そうなんだろう。
きっとそうなんでしょ。わかんねぇよ、しらねぇよ。勉強しますよ、遅いですか、そうですよね、もっとちゃんとできますよね、普通、そうですよね、 勉強しとけ、だよね、知識不足なだけですよね、はい、すいません。
すいません。取り乱しました。消しません、このまま投稿します。
朗らかな名前の薬局名がプリントされたその袋の中にはモルヒネが入ってるのだ。
ぼくはぼくの心臓がドキドキしてるのを感じた。
異様に緊張した。
なんかね、どうしたって、もうさいごの、さいごの感じがするじゃないか、だってモルヒネだぜ。
それで、父親が会社に行って、それからぼくはバイトに行った。
22時、バイト帰りに、外からはリビングの電気がついてないのがわかった。
寝たのかな、ってことはもうクスリ飲んだのかな、って考えた。
マンションの廊下を歩きながら心臓がドキドキした。
吐きそうな気分になった。
家に帰りたくないって思った。
嫌だ、嫌だ、って思った。
玄関を開けたらドライヤーの音がした。
寝室の扉を開け、ただいまの後、お薬飲んだん?と聞いた。
飲んでなかった。
マンションの廊下で頭の中をぐるぐる渦巻いていた妄想が現実に収斂していくのを感じた。
ほんと、妄想は妄想だった。
現実は現実だった。
父親はまだ帰宅していなかった。
たぶん、1人では飲めなかったんだと思う。
誰か家にいる時じゃないと飲めなかったんだと思う。
ぼくはお風呂に入った。
まだドライヤーをしていた。
上がったら、ドライヤーはもちろん終わっていて、テレビの音がした。
リビングに行くと、母親がぼーっとテレビを見ていた。
飲んだん?と聞いた。
飲んだよ、と言った。
どうなんやろね、そんなすぐ眠なったり、なんやするものちゃうらしいで、と心配げな声で母親は言った。
それで父親も帰ってきて、寝ようかってことで、もうずいぶん前に家は静まりかえってる。
それでついさっき、初めの電話があったのだ。
彼女ではないから、こんなこと言えない。
そういえば2日前、なんでかわからないけど、ぼくは一年前に別れた彼女の名前をつぶやいてしまった。
なんにでも、すがれそうなものになら、すがっちゃいそうだ。
死って、こんなに圧倒的なのね。
もしかして「これからだ」と考えることもできるかもしれない。
つまり、闘病はこれからだ、出鼻で挫けてどうする、みたいな感じ。
そうなんだろね。がんばろがんばろ。
何も終わっちゃない。
でもさ、70代くらいのおばあさんみると、くらーっとする。
母親はそうならないのだ、たぶん。
投稿者 ccpe8m | 返信 (1) | トラックバック (0)