おもちや |
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人の気持ちがわからない。
人の気持ちがわからない。
ちっともわからない。
だけれども、ぼくはぼくの周りにいるあなたたちを、すこぶる楽しませることはできます。
なぜなら、楽しいことは共通で、ぼくの楽しいは、どうやらあなたたちにも楽しいようです。
その反面、ぼくの発想、善悪の判断、常識の認識は、あなたたちとはずれているそうです。
そのことはあなたたちはとても起こります。
楽しいことだけ提供させて、(あなたたちにとって)悪いとされること、常識から外れていることが少しでもあると、ぼくのことを容赦なく怒ります。
なぜだめなのか? と問うてもあなたたちは、それはそうだからだ、としか答えません。
そんな答えで納得できるかボケ。
最後にはあなたたちが被害者の顔をします。
なぜならぼくは悪びれず、反省せず、謝罪しないからです。
ぼくは一転加害者として罪を負わされます。
それまでの楽しみも、それまでの喜びも、それまでの嬉しさも、すべてを忘れて。
俺はおもちやで遊ぶぞ
一生懸命おもちやで遊ぶぞ
贅沢なぞとは云ひめさるなよ
おれ程おまへもおもちやが見えたら
おまへもおもちやで遊ぶに決つてゐるのだから
文句なぞを云ふなよ
(略)
おもちやが面白くもないくせに
おもちやを商ふことしか出来ないくせに
おもちやを面白い心があるから成立つてゐるくせに
おもちやを遊んでゐらあとは何事だ
おもちやで遊べることだけが美徳であるぞ
おもちやで遊べたら遊んでみてくれ
おまえに遊べる筈はないのだ
おまへにはおもちやがどんなに見えるか
おもちやとしか見えないだろう
俺にはあのおもちやこのおもちやと、おもちやおもちやで面白いんぞ
おれはおもちや以外のことは考へてみたこともないぞ
おれはおもちやが面白かつたんだ
(略)
北叟笑(にやあツ)とするのと面白いのとは違ふんぞ
(後略)
中原中也「玩具の賦」
ぼくはぼくのおもちや、ぼくの理屈で生きるし、あなたたちはとりあえず楽しんでいてね、怒らずに。
投稿者 ccpe8m | 返信 (0) | トラックバック (0)